1.17

生まれて長らく神戸市民でしたが、24年前は学業のため福岡市民でした。朝起きたらインフルエンザの高熱を発症し、朦朧とした意識のまま友人からの電話に出てテレビを見ると、実家近辺が火事で燃えている様子が映っていました。震災は直接経験していませんが、テレビの中の映像と当時の現地での平和な日常とのギャップにしばらく頭が混乱したのを覚えています。

今年は1.17の集いには行きませんでした。自宅にいると頭の中でもスピーカーからも、年末の紅白で感動した米津玄師のLEMONが頻繁に流れています。「失った人を想い、寄り添う曲」というような紹介をされていましたが、なんだか今日のような日に無性に聴きたくなりました。「あんなに側にいたのに まるで嘘見たい とても忘れられない それだけが確か」 失った人ではなくとも、失った故郷の風景や家族の光景と置き換えても、当てはまるような気がします。米津玄師さん本人はこの曲を、ただ悲しいと言っているだけにしか聞こえない、というように評されていましたが、歌の中で感情が昇華されなくとも「ただ悲しい」という表現に共感ができて、それがカタルシスになるような気がします。

今年は災害の少ない1年になりますように。合掌。

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